曇天日和。
髪を染めた。なん年ぶりのブリーチだったろう。
がっつり色を抜いて、アッシュにした。
今まで、赤やら紫やらを色々入れてきたが、
ここまでハイトーンを入れたのは学生以来初めてだ。
担当してくれた美容師さんに何度か聞かれた。
“職場は大丈夫ですか⁇”
私は何度も答えた。
“大丈夫です。”と。
でもまあ、普通は駄目なんだろうなあとも思いながら。
駄目、というよりか、やらないだろう。
世間体そのものを気にする人もいるだろうが、本当は明るい色にしたいけど会社でなんて言われるかわからない。怒られたくない。同僚や先輩の目が怖い…
色んな理由がある。
それはひとえに、髪を染める話に限らず。
選ばない理由は、自分を守る術であり、自分を殺す術でもある。
入社したての頃、教育係の人に言われた。
“メイクが濃いです。会社ではナチュラルに。
風紀を乱さず、節度ある格好を。”
もちろん大事なことだと思う。
いや、嘘。
私にとって大事ではない。
そんなことは、別段、どうでもいい。
けれども、言ってることは、理解る。
だけども私は、自分を殺せない。
理由はただ一つ、私は私だから。
個性という、ワガママと紙一重でもある。
だけど、自分を殺してまで自分の個性を我慢してまで、会社になどすがりたくない。
無論、私は会社の為に働いてるのではない。
私の信念は、誰の為でもなく、自分の為に生きることだ。
誰の為にも選ばず、誰の為にも働かない。
誰にも操られることなく。
札幌にDr.NYというバンドがいる。
直球どストレート。
3ピースのパンクロックバンドだ。
彼等の曲に、ニワトリ人間というのがある。
是非聞いてみてほしい。
私はこの曲が大好きなのだが、
歌詞が印象的。
“僕が君の操り人形だったら楽なのに”
そう、人形だったら楽なんだ。
中島みゆきの歌にもある。
“人形みたいでもいいよな。笑えるやつはいいよな”(狼になりたい)
皆んなそれぞれ色々ある。
人形であれば、何を思うこともなく、それでも風紀の中に身を置いて、流れに逆らう事もなく、生きられたら、まだ楽だろう。
疎まれる事もなく、陰口を言われる事もなく。
それでも私は、人形になんかなりたくない。
誰にも操られたくない。
私は、私でありたい。
例え借り物の身体でも、この命尽きるまで、“自分”という人間を全うしたい。
誰の為でもなく、自分の為に。
そんな風に25歳を迎えた、霜月曇天のある日のことだった。
最後にフクロウと私🐧